あの朝には、もう行けないけれど

朝は、さぞかし忙しなく過ごしていることでしょう。
末っ子0歳3か月。次女2歳8か月。長女5歳。
今日は13年前の自分へ、手紙を書いてみようと思います。徒然なるままに。
ーー
13年前の自分へ、元気ですか。
あの朝、幼稚園のお弁当を作っている最中に、次女が私の近くに来ていることに気づかず、振り向きざまにぶつかって、大泣きさせてしまった日のことを今、思い出しています。
機嫌の悪かった次女は、そこから泣き止まず。
抱っこしようとすると暴れる。暴れるから床に置く。すると今度は、足に絡みついてくる。
そうこうしているうちに、末っ子が起きてしまう。
「この状況で、お弁当、どうやって作るんや……」
と、絶望の中にいる状況だと思いますが、どうですか? お元気ですか?
自分のことなので、何となくわかります。たぶん、何だかんだと愉快に、元気に楽しく過ごそうと努力していると思います。
子ども3人のうち、2人が泣いているこの状況にも少しずつ慣れてきた、3人育児初心者の自分へ。
独身時代は何となく、「結婚はしないかもな〜」と、ぼんやり思っていた20代前半。
それが24歳で結婚し長女を出産してから、世界も価値観も180度変わってしまいました。
2008年3月29日の朝。長女誕生。
子どもが可愛すぎて、どうしよう問題。
働くことが人生の幸せだと思っていた私のもとに、突然、家族をつくるという幸せが舞い降りてきました。
だから、朝の忙しい時間に子供2人が大泣きしているこの状況でも最高に幸せ・・・・・
なわけ、あるかい!
大変に決まっとるやろがい!
「〇〇ちゃんのお弁当が、キティちゃんだった!」
と目を輝かせる長女に、少しでも可愛いお弁当を作ってあげようと早起きして作った「キティちゃん」は、目の部分をうまくカットすることができず、うまく再現できたのは鼻のコーンだけ。
キティちゃんというより、ドラ猫という出来栄えのキティちゃんを「キティちゃんだ…」と嬉しそうに呟き、何度もお弁当を覗き込んでくれる長女のために、可愛いお弁当作りに毎日奮闘していましたね。
末っ子のお昼寝時間に、ノリに見立てた紙切れをハサミで上手にカットする練習に勤しんだ日もあるかと思いますが、43歳になった今でもハサミは上手に使いこなせません。
一生懸命練習している自分に言うのはあまりにも残酷ですが、43歳になった今でもキャラ弁はうまく作れません。
あんなに練習したけど。キティちゃんの後に挑戦したキャラ弁「ミニオン」は、得体の知れないバケモノになりました。
でも大丈夫です。
その数年後にあなたは、100均で可愛いピックを大量に購入し、ピックでお弁当を可愛く見せるという小技を習得します。
ピックと可愛いバランとアンパンマンポテトで、3人の子供たちはルンルン気分でお弁当を持っていってくれます。
だから大丈夫。
苦手なことは、苦手なままで。
愛と工夫で乗り切れるんだから。
朝は毎日お弁当作りからスタートするのは、13年経った今でも変わりません。変わったのは、あの日より、静かな朝になったなーということだけです。
13年前の朝、私にぶつかってひっくり返った次女は大泣き。末っ子も、まあまあ大泣き。長女だけが、ご機嫌にEテレを見ている。
何てことのない、いつもの朝。
泣き声の大合唱の中で、突然、末っ子が寝返りをした日のことを、あなたは13年経った今でもずっと覚えています。
13年前のあの日は、何てことないやかましい朝だったのに、なぜか今でも覚えているのは、その出来事が愉快で、わけがわからなくて、幸せだったからだと思います。
さて、生後3ヶ月にして寝返りをした末っ子は、たまたま、泣きながら体をよじっていたら、偶然にも、寝返りがうててしまったようです。
「いやいや、まだ3か月ですぜ。ご冗談を」
そんなふうに思ったのか、それとも寝返りをうったことに赤ちゃんである自分自身驚いたのか、突然泣き止みました。
私は、急に泣き声が止まったことに慌てて、ベッドを見に行きました。
すると、うつ伏せ状態の末っ子が、
「ヤァ! まだ生後3か月だけど、寝返りうてちゃったぜ!」
とでも言いたげな顔で、私を見ていました。
思わず、
「きゃー! 寝返りしたー!」
と叫びました。
その声を聞いて、長女が末っ子に駆け寄り、
「ひっくり返れてえらい! すごい!」
と、賞賛を浴びせたけど、ひっくり返ったという表現は、改めて考えると少しおかしい。
その声を聞いて、さっきまで大泣きしていた次女も泣き止み、末っ子のもとへやってきて、「何かわからないけど、さっきと違う体勢になっているなぁ」という顔で、末っ子を見つめる。
末っ子が寝返りを打っただけで、叫び、賞賛を浴びせ、泣いてた子も泣き止む。
こんな忙しなく疲れる朝にも、一丁前に、多くの喜びがありました。
ミルクの時間。次女の機嫌。幼稚園の送迎。
頭の中は、子どものスケジュールでパンパン。
子育ての中に生活があり、生活のすべてが子育てだと思っていた1年後、私は在宅ワークを始めます。
そして、自分で仕事を受注できるようになろうと試行錯誤していたら、本当に仕事が取れるようになり、起業します。
13年前の自分へ。
何を言っているのかわからないと思いますが、嘘ではありません。
それからさらに1年後、長女が小学校に入学し、次女が幼稚園に入園すると、子どものスケジュールで、さらに忙しくなります。



未就園児の末っ子を連れて、幼稚園や小学校、習い事、お買い物へ行ったり来たり。
自転車の中で寝てしまう末っ子のお昼寝は、自転車の中で済ませることが多くなります。
宿題をやりたくないから学校を休みたいと泣く長女を叱り、
靴下がプリンセスじゃないから幼稚園に行きたくないと泣く次女をなだめ、
アンパンマンラムネをぶちまける末っ子にため息をつく。
子どもが少し大きくなっても、朝は相変わらず大忙しです。
というか、今も忙しいです。だけど、穏やかな朝です。
ーー
長女は、大学生になりました。
宿題をしたくないと泣いていた長女は、小学校の先生になりたいと、教員免許を取るために頑張っています。
靴下がプリンセスじゃないから幼稚園に行きたくないと騒いでいた次女は高校生になり、前髪がうまく巻けないからと、朝からヘアアイロンを片手に泣き、通学の時間までに前髪が決まらず学校を休みました。
ちなみに靴下がプリンセスだと騒いでいた次女は、まもなく、「すみっコぐらし」の靴下が良いと言い出します。プリンセスブームは1年で終了しますよ。
すぐに泣くところは、昔から全然変わっていません。
アンパンマンラムネがあれば幸せだった末っ子は、今では陸上部に入り頑張っています。
子どものスケジュールで埋まっていたカレンダーは、今では自分の仕事の予定で埋まっています。
3人の子育てが始まったばかりの自分へ。
「一生懸命やらないと!」と思っていたけれど、0歳、2歳、5歳。
当時の雑誌に載っていた「子育てママの理想の一日」に憧れた日もあったと思うけど、正直に言います、無理です。
朝を乗り切れたら、100点です。
それでいい。それくらいがちょうど良いと、今は思います。
「働きたい」「資格を取ろう!」なんて、そんなに気負わなくても大丈夫です。
自分がやりたいと思ったことを、毎日一歩ずつ重ねていけばいい。
その一歩一歩が、あとから複合的に重なって、思いもよらない面白い人生になっていきます。
今、あの朝に行けたら、大泣きする次女と末っ子を、あの頃よりも優しく見れるかもしれない。
5歳ながらに2人のお姉ちゃんになり、抱っこすることが少なかった長女を、もっと抱っこしてあげれるかも知れない。
あの朝にはもう行けないけれど、あの朝の延長線上に今がある。
そんな日々を積み重ねていけたら良いなと思う。
そして数年後に、今日の朝を思い出してニヤニヤできる、そんな毎日がちょうど良い。
おしまい。



